高齢者の睡眠時無呼吸症候群:症状、原因、日中のケアと対策
高齢者の睡眠時無呼吸症候群(SAS)を知る:見過ごされがちなリスクとケアの視点
高齢者において、質の高い睡眠は心身の健康維持に不可欠です。しかし、加齢に伴う身体の変化や疾患により、様々な睡眠の課題が生じやすくなります。中でも、「睡眠時無呼吸症候群(SAS)」は、高齢者に見過ごされがちな重要な睡眠障害の一つです。大きないびきや日中の強い眠気が典型的ですが、高齢者では症状が非典型的であることも少なくありません。本記事では、高齢者の睡眠時無呼吸症候群の特徴、その原因、そして介護や日常生活で実践できるケアのポイントについて解説します。
高齢者の睡眠時無呼吸症候群とは?
睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome: SAS)は、睡眠中に呼吸が一時的に止まったり(無呼吸)、浅くなったり(低呼吸)することを繰り返す病気です。これにより、体内の酸素濃度が低下し、脳が覚醒を促すため、睡眠の質が著しく低下します。
SASは、主に以下の二つのタイプに分けられます。
- 閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS): 睡眠中に上気道(空気の通り道)が狭くなったり、塞がったりすることで起こります。肥満、扁桃肥大、アデノイド、舌が大きい、あごが小さいなどの構造的な問題が原因となることが多いです。高齢者では、加齢に伴う上気道の筋力低下も原因の一つとなります。
- 中枢性睡眠時無呼吸症候群(CSAS): 脳の呼吸中枢の異常により、呼吸を調整する指令がうまく出なくなることで起こります。心不全や脳卒中などの疾患が原因となることがあります。高齢者では、これらの基礎疾患を持つ方が多いため、CSASのリスクも高まります。
高齢者においては、OSASとCSASの両方が混在する混合型SASも見られます。
高齢者におけるSASの症状:非典型的な現れ方に注意
SASの代表的な症状は、大きないびき、睡眠中の呼吸停止(家族などから指摘されることが多い)、日中の強い眠気です。しかし、高齢者ではこれらの症状がはっきりしない場合があります。
高齢者のSASで注意すべき症状としては、以下のようなものが挙げられます。
- 夜間の症状:
- 大きないびき(若い頃からか、最近ひどくなったか)
- 睡眠中の呼吸停止や詰まるような音
- 何度も目が覚める(中途覚醒)
- 夜間頻尿(呼吸苦に伴う交感神経刺激による)
- 寝汗をかく
- 寝相が悪い、暴れる(レム睡眠行動障害との合併の可能性も)
- 日中の症状:
- 強い眠気(特に食後や静かにしている時)
- 集中力や記憶力の低下
- 起床時の頭痛
- 倦怠感、疲労感
- 抑うつ気分やイライラ感
特に高齢者では、日中の眠気を「年だから仕方ない」「昼寝は健康に良い」と軽視したり、認知機能の低下や他の疾患の症状と混同したりすることがあります。また、夜間の呼吸停止やいびきを自分で認識することは難しいため、家族や介護者が気づくことが非常に重要になります。
なぜ高齢者のSASは重要なのか?リスクと関連疾患
SASは単なる睡眠の質の低下に留まらず、様々な健康問題を引き起こす可能性があります。特に高齢者においては、以下のようなリスクが高まることが知られています。
- 心血管疾患のリスク増加: 高血圧、不整脈、狭心症、心筋梗塞、心不全などのリスクが高まります。睡眠中の低酸素状態や覚醒反応が、心臓や血管に負担をかけるためです。
- 脳卒中のリスク増加: 脳血管障害の発症リスクが高まります。
- 認知機能の低下: 集中力、記憶力、判断力などが低下し、認知症の発症や進行に関連する可能性が指摘されています。
- 糖尿病の悪化: 血糖コントロールが悪化する場合があります。
- 転倒・骨折のリスク増加: 日中の眠気や集中力低下が、転倒のリスクを高めます。
- 生活の質の低下: 倦怠感や抑うつ気分などにより、活動性が低下し、社会参加が減少するなど、生活の質が著しく損なわれます。
これらのリスクは、高齢者がすでに持っている基礎疾患(心疾患、脳血管疾患、糖尿病など)を悪化させる可能性があり、QOLだけでなく生命予後にも影響を及ぼす可能性があります。
診断と主な治療法
SASが疑われる場合、医療機関(睡眠専門外来、耳鼻咽喉科、呼吸器内科など)での精密検査が必要です。自宅で行える簡易検査や、医療機関に一泊して行うポリソムノグラフィー(PSG検査)などが行われます。
診断された場合、主に以下のような治療法が検討されます。
- CPAP(シーパップ)療法: 持続陽圧呼吸療法。鼻にマスクを着けて寝ることで、一定の圧力をかけた空気を送り込み、睡眠中の気道の閉塞を防ぐ最も一般的な治療法です(OSASの場合)。
- 口腔内装置(マウスピース): 歯科医師が作成し、就寝中に装着することで下あごを前に出し、気道を広く保ちます(軽症〜中等症OSASの場合)。
- 手術療法: 扁桃やアデノイドの切除など、気道を狭くしている原因を取り除く手術が行われる場合があります(原因による)。
- 生活習慣の改善: 体重コントロール、禁煙、節酒などが推奨されます。
高齢者においては、併存疾患やADL(日常生活動作)などを考慮して、適切な治療法が選択されます。特にCPAP療法は有効性が高いですが、毎日装着する必要があるため、本人や介護者の理解と協力が不可欠です。
介護現場や日常生活でできるケアと対策
SASの診断や治療は医療の領域ですが、介護現場や日常生活でできるケアやサポートは多岐にわたります。
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症状への気づきと観察:
- 日常的に大きないびきや睡眠中の呼吸停止がないか、家族や介護者が注意深く観察します。
- 日中の眠気や倦怠感の程度、集中力や記憶力の変化などを把握します。
- 夜間頻尿や寝汗なども、SASの兆候である可能性があります。
- これらの症状が疑われる場合は、記録しておくと受診時に役立ちます。
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医療機関への受診勧奨と連携:
- SASが疑われる症状が見られる場合、本人や家族に医療機関への受診を勧めます。
- かかりつけ医やケアマネジャーと情報共有し、必要に応じて睡眠専門医や耳鼻咽喉科医への紹介を検討します。
- 診断後の治療(特にCPAP療法)が円滑に進むよう、医療職との連携を密にします。
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生活習慣の改善サポート:
- 体重管理: 過体重の場合、医師と相談しながら無理のない範囲での体重管理をサポートします。
- 禁煙・節酒: 喫煙や過度の飲酒はSASを悪化させるため、禁煙や節酒をサポートします。
- 睡眠時の姿勢: 仰向け寝は気道が閉塞しやすいため、横向き寝を促すような工夫(抱き枕の使用など)を検討します。
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日中の活動の促進:
- 適度な運動は体重管理や全身の健康に良い影響を与えます。可能な範囲での散歩や体操などをサポートします。
- 日中の過度な居眠りは夜間の睡眠を妨げる可能性があるため、適度に覚醒を保つような活動を取り入れます。ただし、強い眠気がある場合は、転倒などの事故に十分注意が必要です。
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CPAP療法を行っている方のサポート:
- 毎晩CPAP装置を正しく装着できるよう、本人や家族をサポートします。
- マスクの装着感の調整、空気漏れの確認、チューブの取り回しなど、快適に使用できるような工夫を共に考えます。
- 装置の清掃やメンテナンスが必要な場合は、業者や医療機関と連携して対応します。
- 使用中のトラブル(マスクの不快感、乾燥など)があれば、専門職に相談するよう促します。
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環境調整:
- 快適な寝室環境(温度、湿度、光、音)を整えることは、SAS治療の効果を高める上でも重要です。
- 特に鼻呼吸が困難な場合、室内の乾燥は不快感を増すため、加湿器の使用なども検討します。
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本人・家族への説明と心理的サポート:
- SASという病気について、本人や家族が正しく理解できるよう、分かりやすく説明します。
- 治療に対する不安や抵抗感がある場合は、丁寧に寄り添い、心理的なサポートを行います。
- CPAP療法など、継続が必要な治療に対して前向きに取り組めるよう、励ましや声かけを行います。
まとめ:高齢者の質の高い眠りのために
高齢者の睡眠時無呼吸症候群は、単なる「いびき」や「眠気」ではなく、様々な健康リスクと関連する重要な疾患です。高齢者では症状が非典型的であることも多いため、周囲の気づきと適切な対応が非常に重要になります。
介護に携わる専門職の方々は、日頃のケアの中で高齢者の睡眠パターンや日中の様子を観察し、SASの可能性を念頭に置くことが大切です。疑わしい症状が見られる場合は、医療機関への受診を勧め、医師や他の専門職と連携しながら、診断・治療、そして日々のケアを進めていくことが求められます。
高齢者の睡眠時無呼吸症候群に適切に対応することは、心身の健康を保ち、活動的な生活を維持し、結果として質の高い眠りを実現するための重要な一歩と言えるでしょう。