シニアのための眠りの知恵袋

高齢者の睡眠に影響を与える薬:知っておきたい種類とケアの注意点

Tags: 高齢者睡眠, 薬の影響, 睡眠薬, 服薬管理, 介護ケア, 副作用, 薬剤師

はじめに

高齢者の睡眠は、加齢に伴う生理的な変化や基礎疾患、生活習慣など様々な要因によって影響を受けやすいものです。その中でも、日頃服用されている薬が睡眠の質やリズムに大きく影響を与えることは少なくありません。介護に携わる専門職の方々や、高齢者ご自身の睡眠に関心を持つ方にとって、薬が睡眠に与える影響を正しく理解し、適切な対応を知ることは非常に重要です。

この記事では、高齢者の睡眠に影響を与える可能性のある様々な薬の種類、その影響のメカニズム、そして専門家や介護者が実践できるケアの注意点について解説します。安全で質の高い睡眠を支援するために、ぜひご活用ください。

高齢者の睡眠の特性と薬の影響を受けやすい理由

高齢期になると、睡眠の構造に変化が現れます。具体的には、深い睡眠(徐波睡眠)やレム睡眠が減少し、浅い睡眠が増える傾向があります。また、入眠までの時間が長くなったり、夜中に目が覚めやすくなったり(中途覚醒)、朝早く目が覚めすぎたり(早朝覚醒)といった変化が見られます。

さらに、高齢者は複数の疾患を抱えていることが多く、それに伴い多種類の薬(ポリファーマシー)を服用しているケースが少なくありません。加齢により薬物の代謝や排泄機能が低下するため、薬が体内に留まる時間が長くなり、作用が強く出たり、副作用が現れやすくなったりします。これらの要因が複合的に影響し合い、高齢者の睡眠障害のリスクを高めているのです。

睡眠に影響を与える主な薬の種類と影響

高齢者の睡眠に影響を与える可能性のある薬は多岐にわたります。ここでは主な種類とその影響について解説します。

1. 睡眠薬・抗不安薬

最も直接的に睡眠に影響を与える薬です。 * ベンゾジアゼピン系薬剤: 催眠作用や抗不安作用がありますが、筋弛緩作用による転倒リスク、認知機能低下、せん妄、持ち越し効果(翌日まで眠気やふらつきが残る)のリスクがあります。また、長期連用により依存形成や中止困難となる可能性があります。 * 非ベンゾジアゼピン系薬剤(Z-ドラッグなど): ベンゾジアゼピン系に比べて筋弛緩作用や持ち越し効果が少ないとされますが、それでも副作用(特に高齢者ではせん妄や奇異反応など)に注意が必要です。 * メラトニン受容体作動薬: 生体リズムを調整する作用があり、自然な眠りを促すとされます。比較的副作用は少ないとされますが、個人差があります。 * 抗うつ薬(鎮静作用を持つもの): 不眠を伴ううつ病などに用いられますが、日中の眠気やふらつきを引き起こすことがあります。

2. 向精神薬(抗精神病薬、抗うつ薬など)

精神疾患の治療に用いられますが、睡眠に様々な影響を与えます。 * 鎮静作用を持つ薬: 眠気を引き起こし、日中の活動性低下や転倒リスクにつながることがあります。 * 賦活作用を持つ薬: 逆に覚醒レベルを高め、不眠を悪化させることがあります。 * 副作用による影響: アカシジア(じっとしていられない不快感)が睡眠を妨げたり、薬剤性パーキンソニズムが寝返りを困難にしたりすることもあります。

3. その他の常用薬

多岐にわたる疾患の治療薬が、間接的または直接的に睡眠に影響を与えることがあります。 * 高血圧治療薬(特にβ遮断薬): 悪夢、不眠、日中の眠気を引き起こすことがあります。 * 喘息治療薬(気管支拡張薬、ステロイド): 気道を広げ呼吸を楽にしますが、心拍数増加や中枢神経刺激作用により不眠を引き起こすことがあります。ステロイドは気分変動や不眠の原因となることがあります。 * 疼痛薬(特にオピオイド系): 鎮痛効果がありますが、眠気や呼吸抑制、便秘などの副作用が睡眠や全体的な体調に影響することがあります。 * パーキンソン病治療薬: 幻視やせん妄、不眠、日中の眠気など、複雑な睡眠関連症状を引き起こすことがあります。 * 点眼薬: 特定の緑内障治療薬などが全身に吸収され、睡眠に影響を与える可能性が指摘されています。 * 夜間頻尿を引き起こす薬: 利尿薬など、服用タイミングによっては夜間の覚醒を増やす原因となります。

薬による睡眠障害の見分け方・アセスメントのポイント

高齢者の睡眠障害が薬による影響であるかを見分けるためには、注意深い観察とアセスメントが必要です。 * 服薬歴の確認: 現在服用している全ての薬(処方薬、市販薬、サプリメント含む)の種類、量、服用時間、開始時期を確認します。 * 睡眠状態の変化と服薬タイミングの関連: 睡眠障害が始まった時期と、特定の薬を開始したり量が変わったりした時期が一致しないかを確認します。 * 症状の詳細な観察: どのような睡眠障害(入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒、悪夢、日中の眠気など)が、いつ頃から、どの程度の頻度で起きているかを具体的に把握します。 * 日中の状態: 日中の眠気、ふらつき、注意力低下、せん妄様の症状などがないかを観察します。 * 他の要因の検討: 睡眠環境、生活リズム、運動習慣、食事、精神状態、基礎疾患の悪化など、薬以外の要因も複合的に検討します。 * 医師・薬剤師との情報共有: アセスメントで得られた情報を医師や薬剤師に正確に伝えることが不可欠です。

専門家・介護者ができるケアと対応策

薬が睡眠に影響している可能性がある場合、介護者は以下の点に注意し、専門職と連携して対応を進めます。

  1. 薬剤師・医師との緊密な連携:

    • 睡眠に関する具体的な症状や観察された変化を、主治医や薬剤師に正確に報告します。
    • 現在服用している薬が睡眠に影響している可能性について相談します。
    • 可能であれば、薬の種類や量、服用時間の調整について検討してもらうよう依頼します。自己判断での服薬中止や変更は絶対に行わないでください。
    • ポリファーマシーの問題にも注意し、不要な薬がないか、より安全な薬に変更できないかなどを専門家と話し合います。
  2. 正確な服薬管理と観察:

    • 指示された通りに正確な時間に薬が服用されているかを確認します。
    • 薬を服用した後の体調や睡眠状態の変化(例:特定の薬を飲んだ後に眠気が増す、夜中に目が覚めやすくなるなど)を注意深く観察し、記録します。この記録は医師や薬剤師に情報提供する際に役立ちます。
  3. 非薬物療法の継続:

    • 薬による影響だけでなく、高齢者の睡眠を改善するための基本的な非薬物療法(睡眠衛生指導)を継続して実施します。
    • 規則正しい生活リズム、適度な運動、寝る前のリラックス、寝室環境の整備などが含まれます。薬の調整と並行して行うことで、より効果的な睡眠改善が期待できます。
  4. 環境調整と安全確保:

    • 薬の副作用(眠気、ふらつきなど)による転倒リスクを考慮し、居室や移動経路の安全を確保します。
    • 夜間の覚醒時に安全に行動できるよう、足元を照らす照明などを活用します。
  5. 日中の活動調整:

    • 薬の作用で日中に眠気が強い場合は、無理に活動させるのではなく、安全な場所で短時間の休息(昼寝)を促すことも有効です。ただし、長い昼寝は夜間の睡眠を妨げる可能性があるため、時間(例えば30分以内)を決めるなどの工夫が必要です。

まとめ

高齢者の睡眠障害には、加齢による生理的変化、疾患、生活習慣など様々な要因が関与しますが、服用している薬も重要な要因の一つです。特に多種類の薬を服用している場合は、薬同士の相互作用も含め、睡眠への影響を慎重に評価する必要があります。

介護に携わる方々は、日々のケアの中で高齢者の睡眠状態や日中の様子を注意深く観察し、服用薬との関連性を意識することが求められます。そして、観察された情報を医師や薬剤師といった薬の専門家と共有し、連携して対応を進めることが、安全で質の高い睡眠を支援する上で最も重要です。自己判断は避け、専門家の助言を仰ぎながら、一人ひとりに合ったきめ細やかなケアを提供していきましょう。

この記事が、高齢者の睡眠と薬に関する理解を深め、日々のケアの一助となれば幸いです。