高齢者の昼間の眠気(過眠)はなぜ起こる?原因別のケアと改善策
高齢者の睡眠は、加齢に伴う生理的な変化や、健康状態、生活習慣など、様々な要因によって影響を受けやすいものです。その中でも、昼間の強い眠気、いわゆる「過眠(かみん)」は、高齢者ご本人だけでなく、介護に携わる方々にとっても懸念されることの多い症状の一つです。単に「年のせい」と見過ごされがちですが、昼間の過度な眠気は、転倒のリスクを高めたり、日中の活動性を低下させたり、認知機能に影響を及ぼしたりするなど、QOL(生活の質)を著しく低下させる可能性があります。
この記事では、高齢者の昼間の眠気(過眠)がなぜ起こるのか、その主な原因を医学的・科学的根拠に基づいて解説し、読者の皆様が日々のケアやご自身の生活に活かせる具体的な改善策についてご紹介いたします。
高齢者の昼間の眠気(過眠)の主な原因
高齢者の昼間の眠気は、単一の原因によるものではなく、複数の要因が複雑に絡み合って生じていることが少なくありません。主な原因として以下のようなものが考えられます。
1. 夜間睡眠の質の低下(慢性的な睡眠不足)
最も一般的な原因の一つです。夜間に十分な睡眠時間が確保できていない、あるいは睡眠の質が低い場合、その埋め合わせとして昼間に眠気が生じます。高齢者においては、加齢に伴い深い睡眠(徐波睡眠)が減少したり、夜中に目が覚めやすくなったりする傾向があります。既存の記事テーマである「高齢者の不眠:入眠困難・中途覚醒の主な原因と非薬物療法による改善策」で詳しく解説しているような要因が、結果として昼間の眠気を引き起こすことがあります。
2. 体内時計の乱れ
人間の体内時計は、約24時間の周期で睡眠と覚醒のリズムを調整しています。高齢者では、この体内時計のリズムが前倒しになりやすく、早朝に目が覚めてしまう「早朝覚醒」が見られます(既存の記事「高齢者の早朝覚醒:体内時計の乱れとその対策」参照)。また、生活が不規則になったり、日中に活動量が少なかったりすると、体内時計の調整機能が弱まり、睡眠と覚醒のリズムが不安定になり、昼間の眠気に繋がることがあります。
3. 睡眠関連呼吸障害(睡眠時無呼吸症候群など)
睡眠中に呼吸が一時的に止まったり、浅くなったりする病気です。最も代表的なものが睡眠時無呼吸症候群です。睡眠中に何度も呼吸が妨げられることで、脳が覚醒を繰り返し、夜間の睡眠の質が著しく低下します。ご本人は自覚しにくいことが多いですが、大きないびきをかく、睡眠中に呼吸が止まっていると指摘される、といった特徴が見られます。これにより、日中の強い眠気や倦怠感が生じます。
4. 周期性四肢運動障害・むずむず脚症候群
睡眠中に下肢などが周期的にぴくつく「周期性四肢運動障害」や、安静時に下肢に不快なむずむず感が生じ動かしたくなる「むずむず脚症候群」も、夜間睡眠を妨げ、昼間の眠気を引き起こす原因となります。
5. 薬剤の影響
高齢者は複数の疾患を抱えていることが多く、服用している薬剤の種類も増える傾向にあります。一部の薬剤には、眠気を引き起こす副作用があります。 * 向精神薬: 睡眠導入剤、抗不安薬、抗うつ薬、抗精神病薬など * 抗ヒスタミン薬: 風邪薬、アレルギー薬など * 降圧薬: 特に一部のβ遮断薬など * 筋弛緩薬 * 一部の鎮痛薬
これらの薬剤の種類や量、組み合わせによっては、日中の強い眠気を引き起こす可能性があります。
6. 基礎疾患の影響
昼間の眠気は、以下のような様々な基礎疾患の症状として現れることがあります。 * うつ病: 気分の落ち込みだけでなく、過眠や倦怠感が症状として見られることがあります。 * 認知症: 進行に伴い、睡眠・覚醒リズムが障害され、日中の傾眠や夜間の不穏が見られることがあります。 * 神経疾患: パーキンソン病、レビー小体型認知症などでは、過眠やレム睡眠行動障害などが生じやすいことが知られています。 * 内分泌・代謝性疾患: 甲状腺機能低下症、糖尿病、貧血などでも倦怠感や眠気を感じることがあります。 * 心不全、呼吸不全など、全身の機能が低下している場合も眠気を感じやすくなります。
7. 生活習慣や環境
- 運動不足: 日中の活動量が少ないと、夜間に十分な疲労感を得られず、睡眠の質が低下し、結果として昼間に眠気を感じやすくなります。
- 日中の過度な昼寝: 長すぎる昼寝や夕方遅くの昼寝は、夜間の睡眠を妨げ、昼夜逆転のリズムを招く可能性があります。
- 寝室以外の場所での睡眠: リビングのソファなどで寝てしまう習慣は、質の高い睡眠を妨げることがあります。
- 日中の活動不足: 外に出る機会が少ない、人と交流しないなど、日中の精神的・身体的な刺激が少ない場合も、覚醒レベルが低下し、眠気を引き起こしやすいと考えられます。
- 栄養状態: 特定の栄養素不足(例:鉄分不足による貧血)が倦怠感や眠気につながることもあります。
高齢者の昼間の眠気に対するケアと改善策
昼間の眠気に対して適切なケアを行うためには、まずその原因を正確に把握することが重要です。介護に携わる専門家は、対象者の日中の様子や夜間の睡眠状況を丁寧に観察し、情報を収集することが求められます。
1. 原因のアセスメントと情報収集
- 眠気のパターン: いつ、どのくらいの時間、どのような状況で眠気を感じるか、具体的な様子(例:食事中によく眠る、座っているとすぐにうたた寝する)を観察・記録します。眠気の程度を客観的に評価する尺度(例:ESSスケール:Epworth Sleepiness Scale)などを参考にすることも有用です。
- 夜間の睡眠状況: 入眠までの時間、夜中に目が覚める回数と時間、覚醒後の様子、最終的な起床時間、睡眠時間などを詳しく聞き取り、可能であれば睡眠日誌をつけてもらいます。既存の記事で解説している不眠や夜間頻尿の状況も確認します。
- 服用中の薬剤: 現在服用している全ての処方薬、市販薬、サプリメントなどをリストアップし、開始時期や変更点を確認します。薬剤師との連携も重要です。
- 既往歴・現在の健康状態: 診断されている疾患、体調の変化、痛みやかゆみなど、睡眠を妨げる可能性のある症状がないか確認します。
- 生活習慣: 食事、水分摂取、運動習慣、日中の活動内容、喫煙・飲酒習慣、昼寝の習慣などを聞き取ります。
- 環境: 寝室の環境(温度、湿度、光、音)や、日中の過ごす場所の環境を確認します。
2. 非薬物療法・生活習慣の改善
アセスメントに基づき、原因に応じた非薬物療法や生活習慣の改善を試みます。これらは多くの原因に対して有効なアプローチとなります。
- 規則正しい生活リズム: 毎日同じ時間に起床し、同じ時間に就寝することを心がけます。休日も大幅にずらさないようにします。
- 朝の光を浴びる: 起床後すぐにカーテンを開け、太陽の光を浴びることで、体内時計をリセットし、覚醒を促します。日中も積極的に屋外に出たり、窓辺で過ごしたりする機会を設けます。
- 適度な運動: 体調に合わせて、ウォーキングや体操など、適度な運動を日中に行います。身体的な疲労は、夜間の睡眠を促し、昼間の眠気を軽減する助けになります。ただし、就寝直前の激しい運動は避けます。
- 日中の活動性を高める: 趣味や社会活動への参加、家事など、日中に頭や体を使う活動を取り入れ、覚醒レベルを維持します。座りっぱなしの時間を減らし、こまめに体を動かすことも効果的です。
- 昼寝の調整: 長時間や遅い時間の昼寝は避け、必要な場合は午後早い時間に20〜30分程度の短い昼寝にとどめます。ソファではなくベッドで横になり、夜間の睡眠と区別することも重要です。
- カフェイン・アルコールの制限: 午後や夕食後のカフェイン摂取は夜間の睡眠を妨げる可能性があります。アルコールは寝つきを良くするように感じられることがありますが、睡眠の質を低下させ、夜中に目が覚める原因となるため控えるのが望ましいです。
- 栄養バランスの取れた食事: 規則正しい時間に、バランスの取れた食事を摂ることは、体内時計の維持にも繋がります。
- 寝室環境の整備: 既存の記事で詳細を解説しているように、快適な温度・湿度、適切な明るさ、静かな環境を整えることも、夜間睡眠の質を高める上で重要です。
3. 医療機関との連携
アセスメントの結果、睡眠時無呼吸症候群や周期性四肢運動障害、うつ病などの疾患が疑われる場合や、薬剤が影響している可能性が高い場合は、必ず医師に相談し、適切な診断と治療、あるいは薬剤の調整を行ってもらうことが不可欠です。専門医(睡眠専門医など)への相談も有効な場合があります。
4. 介護現場での具体的なケア
介護福祉士をはじめとする介護専門家は、以下の点に留意してケアにあたることが求められます。
- 丁寧な観察と記録: 利用者の日中の眠気の状況、夜間の睡眠状況、服薬状況などを正確に観察し、記録することで、原因特定の手がかりとします。医療職との情報共有に役立てます。
- 日中の活動促進: 個々の能力や興味に合わせ、散歩、レクリエーション、機能訓練など、日中の活動を積極的に促し、覚醒レベルを高めます。
- 環境調整: 日中は明るい場所で活動し、夜間は暗く静かな環境で休めるようにメリハリをつけます。日中に自然光を十分に浴びられるような工夫も重要です。
- 声かけと見守り: 昼間の眠気で活動が滞りがちな利用者に対し、優しく声かけを行い、活動への参加を促します。転倒などの事故防止のため、安全に配慮した見守りも必要です。
- 多職種連携: 看護師、医師、薬剤師、理学療法士、作業療法士など、他職種と連携し、多角的な視点から利用者の状況を評価し、共通の目標を持ってケアを提供します。
まとめ
高齢者の昼間の眠気(過眠)は、単なる加齢現象として片付けるのではなく、様々な原因が潜んでいる可能性のある重要なサインです。夜間睡眠の質の低下、体内時計の乱れ、睡眠障害、基礎疾患、薬剤の影響など、多角的な視点からその原因を丁寧にアセスメントすることが、適切なケアへの第一歩となります。
非薬物療法や生活習慣の改善は、多くの高齢者にとって昼間の眠気を軽減するために有効なアプローチです。規則正しい生活リズムの確立、日中の活動性向上、適切な昼寝の習慣づけ、環境調整などを、個々の状態に合わせて柔軟に取り入れることが重要です。
また、原因として疾患や薬剤の影響が強く疑われる場合には、医療機関との連携が不可欠です。介護に携わる専門家は、日々の観察を通じて得られた情報を正確に伝え、多職種と協力しながら、高齢者の日中の覚醒を促し、夜間の質の高い睡眠に繋げるための支援を提供していくことが求められます。高齢者の「眠りの知恵袋」として、これらの情報が皆様のケアの一助となれば幸いです。